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あの人の本棚
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あの人の本棚
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あの人の本棚   
丘山 新 Hajime OKAYAMA
東京大学東洋文化研究所 教授
気になるあの人の本棚を拝見し、お気に
入りの本にまつわるお話を伺うコーナー、
「あの人の本棚」。本号の表紙を飾ったの
は、丘山新教授の本棚です。中国仏教の
専門家であり、また広く仏教における「他
者」と「共生」について思索し続けてい
る丘山教授に、おすすめの三冊を選んで
いただきました。
丘山教授に聞く、今読まれるべき本。
 最近一年くらいの間で一番良かったのは、『愚の力』ですね。お世辞ではな
くて(笑)。あの本で大谷光真ご門主は、人間中心主義を批判しているんだと
思います。もっとも、環境問題など踏まえた現代的な非人間中心主義は、今
いろいろな所で言われていますが、そうではなく、自分というものに囚われ
ないという、根本的な意味での人間中心主義からの脱却を示しているのだと
思います。それで、この本は真宗っぽくないと言うか(笑)、教学的、あるい
は形而上的な答えは、最後まで出てきませんよね。どうも伝統仏教は現実の
問題に疎いという一般的なイメージがあるけれど、この本でご門主は、現代
の社会的な問題、倫理的な問題にたいして、極めて明確な問題意識を持って
います。ですから、この本はいろいろなイデオロギーを超えて、広くおすす
めできる本だと思います。
 最近の本ではないですが、おすすめしたいのが亀井勝一郎の『大和古寺風
物誌』。あの本は、奈良のいろいろなお寺の紹介もいいのですが、所々に出て
くる著者の仏教理解が、大乗仏教の大事なエッセンスを非常によく捉えてい
ると思います。同じような観点から、武者小路実篤の『維摩経』の翻訳も素
晴らしい。仏典の現代語訳では最も優れたものの一つだと思います。どちら
も学術的というより主観的な理解で仏教を捉えているのですが、もともと物
を書く人のセンスなのか、仏教の一番のエッセンスになる部分を見抜いてい
ると思いますね。
 中国で経典が漢訳されていた現場では、外国語や教理に通じた人々が作っ
た翻訳を、最後に「潤文」と呼ばれる文章家が手直ししていました。現代に
おいても、研究者と作家が協力して本を作る、ということがあってもいいと
思いますね。
 今村仁司さんの『親鸞と学的精神』もおもしろかったです。宗教者が現世
の問題にどう対処するか、どう生きるかという視点から、『教行信証』の「化
身土巻」が重要だということを述べていて、非常に興味深かったですね。た
だし、あの本では未だ大枠の提示に留まっていると思います。ご存命であれ
ば、より踏み込んだ議論が読めたのにと思うと、非常に残念です。それから、
竹内整一さんの『「かなしみ」の哲学』もおもしろかったですね。「おのずから」
と「みずから」のあわいということを述べているのですが、それは、自力で
もがく部分と「おのずから」の力とがあって、人間の力には限界があるとい
う「かなしみ」とその力が出会う、その場所こそが真に宗教的なものなのだ、
ということですね。
 竹内さんの述べていることはご門主や今村さんと共通すると思うんです。自
力には限界があるとしても、最初からその悪あがきを放棄しては駄目なんだ、
ということですよね。「阿弥陀様の力によって生かされている」という考え方
は一つの完成したものですけど、そう受け取った僕たちが現実にはどう生き
ていくのか、どう実感していくのか。皆さんその辺りのことを考えているの
だと思うのです。そういった思索を、僕はおもしろいなと思いますし、僕自
身も考えていきたいですね。(聞き手●日野慧運)
『愚の力』
大谷光真 著/文芸春秋社(文春
新書)/2009年/819円
「愚」をキーワードに、西本願寺
24 代門主が、宗祖・親鸞の教え
をわかりやすく説く。
『大和古寺風物誌』
亀井勝一郎 著/新潮社(新潮
文庫)/1953年(改装版)/
420円
古都・奈良の仏教文化の跡をたど
る名著。
『親鸞と学的精神』
今村仁司 著/岩波書店/2009
年/2940円
親鸞思想の現代における可能性を
切り開く社会哲学的考察。著者の
絶筆。
おかやま はじめ●1948年生
まれ。1976年東京大学大学
院修了。1994年より東京大学
東洋文化研究所教授。研究活動
として、「漢訳仏典の受容をとお
して、中国文化の時代思潮を明
らかにする」、「大乗仏教思想に
基づき、他者・共生論を宗教哲
学理論として創生する」ことを目
指す。著書は多数あるが、近著
に『菩薩の願い―大乗仏教のめ
ざすもの』(NHK ライブラリー)、
『アジアの幸福論 』(共著、春秋
社)など。